| 7月24日 |
時間的にも長い一日になる。24時間+8時間。
5時起床。
朝食を済ませ、6時30分にホテルを出発する。
この時点で、派遣団員は合計1510名と連絡があった。また減ってる!
途中、一時的にのろのろ運転になったが8時30分にはセントレアの航空会社のチェックインが出来た。ゲート2つから19隊20隊がそれぞれ、そして我々は半分ずつになってチェクイン(これが後で運命を分けることになる。)
保険に未加入のスカウト一名を、空港で手続きさせた。(絶対に入らなければならないとの説明がなかったのに、直前訓練で急に派遣団本部の態度が変わった。)
出国審査での質問は、”何かあるんですか?いろいろな国にスカウトが行くようですが?”と係官に聞かれた。”経由地は別ですが、目的地は皆イギリスです”と答えて通過。
免税店による暇はないが、タバコを2カートンさっさと購入した。(自身は、ほぼ喫煙しなくなったが、1箱1000円する国には、安い価値あるお土産になる)
まだ全員の出国が終わらない。ベルトのバックルがひっかかるもの、ミールナイフが入っていてひっかかるモノなどどれだけ注意しても100人規模の集団の移動であればしょうがないことなのか?
10時前に搭乗ゲートに到着。バスで駐機中の飛行機へ。後ろのタラップがスカウト専用となる。
定刻に離陸と思いきや、誘導路で15分近く待たされ離陸許可待ちの大渋滞。
子供が多いため、運良く私の席は、非常口横。足が伸ばせる。
機材はA340−300。 フランクフルトまで11時間40分のアナウンス。
ウエルカムドリンク時に、座席のテーブルを出したら壊れている。CAに話したら、”何とかなりませんか?”って、何とかしてよ!
別のCAに再度説明すると、腿の下に枕を数個置いて、テーブルの水平を保ってくださいと3個ほど枕を渡された。隣の席の一般客も同じ対応だった。
イギリス時間で15時40分にフランクフルトに到着(ドイツは1時間早い)。乗り継ぎはBターミナル同士で移動には時間がかからなかった。
ラウンジの新聞には、イギリスの洪水のニュースが写真付きで紹介されていた。高い建物と高速以外が水没していた。キャンプサイトは大丈夫なのか?
16時18分離陸。またしても非常口 ラッキー!
CAがポーチをもって通路を回る。トイレでの忘れ物だ。我が隊のスカウトのモノだと判明。前回の渡航時にパスポート紛失がトイレで荷物を棚においたからだったため、荷物を手から話すなと機会ある毎に説明してきたはずなのに全く聞いていない。
怒りと諦めの感情が私の頭に・・・・。
17時35分 ヒースロー到着。偉く上手い着陸だった。
入国手続きを済ませ、荷物の受け取り場へ。
そこで、スカウトが、入国審査時にパスポートとチケットを渡したのにチケットを返してもらえなかったと荷物の受取場まで来てから報告。これもまた、おかしいと思ったときにはその場を離れず、相手に納得がいくまで指摘して交渉しなければならないと、説明してきたにもかわらず、その場を離れてどうしましょうである。機内のバックの件といい、いらだちがよみがえった。
早速、副長一名をつけ、再発行に向かわせる。
18:20 荷物が出てこない。
それも3隊あわせてかなりの数。合計21個!
うちの隊は3つだが19隊と20隊はかなりの数である。同行本部員の荷物もである。
他にも同じ便にのった乗客がバゲージクレイムにやってきて受付は黒山の人だかり。
先に外へ出た副長からは、到着ゲートにマンチェスターの関係者の方が待っておられると携帯に電話が入る。日本隊が3個隊も出てこないから、空港担当のISTも混乱。20回のWSJの時には、ISTが空港の中(入国審査の前後の空間)を行き来できたが、流石にイギリスでは、スカウト関係者は、一般の到着便待ち合わせ場所にしか入れないようだ。
20時になりロストバゲージの手続きをして、マンチェスター行きのバスに乗り込む。バス乗り場で韓国の知り合いのスカウターとばったり会い会場での再会を約束する。(この指導者とは、待ち合わせなくてもなぜかちゃんと会うことが出来る不思議な関係)
バスに乗るとスカウトは爆睡(日本はもう夜中の4時。5時に起床だったからしょうがない。)
22:20分団長から電話。既にロストバゲージの件が派遣団本部に伝わっていた。でも対策部門が出来るとのありがたいお言葉はなく、各隊でしっかり確保の手続きをしろとのお言葉でした。
途中2度の休憩を挟み、受け入れ家族の待つショッピングセンターの駐車場に着いたのは24時を回っていた。 |
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