第21回世界スカウトジャンボリー(世界ジャンボリー)参加記
| 7月22日 |
ここまで長かった・・・・。
派遣隊編成に関するトラブルや、準備に関することなど、滅茶苦茶問題が多かったがいよいよ出発前の直前訓練にこぎつけた。ここ数日、間際になって日本連盟からの連絡が増えたが出来ることはする。急場しのぎはあえてしないと腹にくくった。もうベルトコンベアに乗って、なるようにしかならないルートを通るだけ。文句を言っても始まらない。最善の準備をするために意見することが、日連には理解できないようだ。(行く前は文句を言うのに、現地に着いたら黙ってしまう指導者が多いと日連から指摘された件で納得)
組織の中にいるので、相手の癖を読み順応するしか私ら下っ端の参加の機会はないと自分に言い聞かせた。
自宅を10時に出発。自家用車で直前訓練会場のウエルサンピア岐阜に向かった。道中、今日の昼食は蕎麦か寿司かと迷ったが、ネタのまともな回転寿司屋に入り昼食を摂った。
12時前に会場入りし、念のため麻疹対応のための隔離動線等を確認した。
14時前には、指導者やスカウトが集まり始めた。早速、麻疹のチェックを準備する。
14時から集まっている指導者で最初の打ち合わせ会議。会議室が手狭なので、他の施設の利用を交渉するも、他の会場に比べて利用金額が突出していると小言をいわれる(そんなの価格表を見れば最初からわかること)。であげくにこの会場は、うちの県連盟の強い希望で決定したと私にはわからん回答がとんできた。2日目3日目はほぼ貸し切りなので、廊下などのスペースを勝手に借用することで対応した。
数日前から問題になって日連と交渉していた初日に荷物チェックをやる件も他の2隊も同様のスケジュールを希望したため、あっけなく変更となった。
私の日連宛の私信が、引用文として隊指導者宛の同報メールになっていたので他の隊も歩調を合わせたようだった。(私信を同報で送り返す非常識さにあきれていた指導者が何人かいたのは救い)
16時定時となり、各隊の受付を開始。
書類を忘れたヤツや持ち物を忘れたのが、ちらほら受付の会話から伝わってくる。
この時点で日本派遣団の総数は1513名と報告があった。
結団式の後、オリエンテーション、夕食と続く。
全体会を終えた後に、隊集会となり個人装備の点検を行った。
3隊バラバラに行っていたが、1隊で制汗剤のスプレー缶が見つかった。スカウト曰く、手荷物でなければ良いと思ったと。各隊に再確認の指示が入ったら出るわ出るわ、6本ほど出てきました。
支給品・隊装備の分配をしてこの日の隊集会を終える。
21:30から3隊合同の指導者会議。
今回から採用になったダッフルバックの損傷が目立つことが報告され、念のため明日にボンドなどの補修剤を入手し携行することにした。
この時点でまだ、Ho−Hoの受け入れ情報が入手できていなかった。
入浴は分刻みのスケジュールだったが何とかクリア。
夜間は、裁縫などワッペンを縫いつける作業となった。
部屋分けしてあるが、他の部屋に行って遊んでいるスカウトが24時頃から捕まり説教を受ける。 |
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